私が中学生の時に突然死した父、必死に働いた母のこと。その1

父のこと、母のことを書きます。

以前書いたものを加筆修正したものなので、読んだことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、改めて…。

 

朝起きたら、息をしていなかった父

15歳の秋、「早く救急車呼んで」の母の叫び声で早朝起こされました。
布団に横たわっている父は息をしていませんでした。

生まれて初めて119と電話を押しました。
何を伝えれば良いか分からず、今となっては電話に向かって何を言ったのかも思い出せません。

父の死因は急性心不全と聞きました。
突然でした。

昨晩まで明らかに生きていました。

しかも前日、市民プールに泳ぎにまで行っていました。

「死の気配」というものを全く感じませんでした。

 

「お父さん、本当は心臓が弱かったのかもしれない。あまり言いたがらなかったけど…」と、あとで母が言っていました。

そう言われてみると、

「お父さんは病気で小学校を一年遅れて入ったんだよ。でも同窓会に行くと、みんなの方が年下なのに髪の毛が薄かったり、白髪が多かったりするんだよ」

と自慢げに同窓会の写真を見せてくれた記憶があります。

 

元気で長生きしたかったのか、栄養食品を摂ったり、食べ物に気を使ったり、ジョギングをしたり、水泳をしたり…ちょっとした健康オタクだったような気がします。

 

毎日ハイライトを一箱吸っていた曾祖母が92歳で肺がんで亡くなってから、タバコもやめました。

(毎晩晩酌をして、好きなだけタバコを吸って、言いたいことを言っていた明治生まれの曾祖母の豪快な生き方は個人的には好感が持てます。)

でもまぁ父はとにかく長生きしたかったようです。

 

しかし、神様は皮肉なもので、あんなに健康に気遣って長生きしたいと望んでいた人をあっさり49歳で天国に連れ去ってしまいました。

どんなにか悔しかったことでしょう。

昭和63年。あと3ヶ月で平成という時期でした。

父は50歳になることもできなかったし、平成バブルを見ることもできずにこの世を去ってしまいました。

 

つづく。

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